勝負を分けた脱力と平常心【2026 ソープボックスダ ービー・ナショナルチーム選考会 神奈川⼤会 後編】

Text/Photo: 蛙田 三也(Sanya Kaeruda)

 4 ⽉ 11 ⽇、12 ⽇に開催された 2026 ソープボックスダービー・ナショナルチーム選考会神奈川⼤会。⼟曜の練習⾛⾏では、パイロットたちはそれぞれ異なるアプローチで“速さ”を追求していました。ライン取り、姿勢、ハンドル操作を突き詰め、理論上の最速へ近づこうとする過程は、この競技が決して「坂を下るだけ」ではないことを物語っていました。では、その積み重ねは本番でどう結果に結びつくのか。4 ⽉ 12 ⽇の本戦では、わずか1/1000 秒を争うシビアな戦いの中で、その答えが試されることになりました。

⾼い精度で作り込まれるイコールコンディション

 迎えたレース当⽇。朝の会場では、まず全⾞の⾞重調整が⾏われました。事前申告に加え、当⽇の体重を測定し、⾞体へウェイトを搭載。全⾞がパイロット乗⾞状態で同じ⾞重、同じ重量配分となるよう合わせ込まれます。調整にはレーシングカーでも⽤いられるコーナーウェイトゲージが使われ、このレースを⽀援する神奈川トヨタ⾃動⾞さん、ウエインズトヨタ神奈川さんのメカニックの皆さんが作業を担当。その光景は、まさにレース前の⾞検そのものでした。パイロットは割り当てられた⾞体に乗り込み、コーナーウェイトゲージに載せられ、⾞体前後へウェイトが置かれていきます。もちろん⼀度で狙い通りには決まらず、位置や重さを変えながら何度も微調整が繰り返されました。1/1000 秒を争う競技だからこそ、勝負の前提となる公平性もまた、極めて⾼い精度で作り込まれています。その後、パイロットたちは競技説明を受け、午前に練習⾛⾏ 2 本、午後に本番 2 本というスケジュールに臨みました。

競り合い、その差は0.022秒

 午前の練習⾛⾏では、16 名中 6 名が 18 秒台に突⼊。前⽇に好調だった松本こころさん、北村成さんもきっちり 18 秒台に⼊れ、有⼒候補として存在感を⽰します。その中でトップタイムを記録したのは、今回 2 回⽬の参加となる加藤伊織さん。18.668 秒をマークし、⼀歩リードする形となりました。「うまく⾛れました」「 (1回⽬と2回⽬の間で)頭を低くするようにしました」「⾃信はあります、絶対にアメリカに⾏きます!」と⼒強くコメント。対する松本さんも 18.690 秒。差はわずか 0.022 秒しかありません。「真っ直ぐ曲がらずにいけたのがよかったです」「本番でもこれを意識してやりたいと思います」と話します。ソープボックスレースは、タイムを決める要素が少なくシンプルであるがゆえに僅差になりやすい競技です。逆に⾔えば、損失を減らす技術が拮抗した時、勝負は 1/100 秒、時に 1/1000 秒へと凝縮されます。そこに、この競技ならでは、の奥深さがあります。

 練習⾛⾏が終わり、本番が近づくにつれて、緊張感はパイロットだけでなく親御さんにも広がっていきます。コース脇やゴール付近では、我が⼦の⾛⾏ラインや姿勢を観察し、フィードバックを送る姿も⾒られました。わずかな舵の修正、体の置き⽅、頭の位置。⼦どもたちが乗り込み⾛る競技でありながら、その周囲では、まるで選⼿とコーチのようなやり取りが交わされています。単なる付き添いではなく、親⼦で“チーム”として戦っている姿がそこにはありました。

揺らぎ始める勢力図

 いよいよ始まった本番。レースでは各パイロットに 2 回のランが与えられ、そのベストタイムで順位が争われます。1 回⽬のランで 18 秒台に⼊れたのは 16 名中 5 名。午前の練習で好タイムを出していた加藤さんも 18 秒台に⼊れ、3 番⼿と変わらず好調を維持しました。⼀⽅でやや遅れを取ったのが、⼟曜から調⼦の良かった北村さん、松本さん、そして昨年チャンピオンの⼭⽥翔太郎さん。いずれも本来のタイムには届かず、勢⼒図がわずかに揺らぎ始めます。

 その中で存在感を⽰したのが、初参加の中村迅汰さんでした。中村さんは⼟曜の練習⾛⾏には参加せず、⽇曜朝から⾛⾏を開始。それでも午前の練習で 18 秒台に⼊れており、すでに速さを⾒せていました。1 回⽬のランでマークした 18.702 秒。このタイムが、2 回⽬のランへ向けたベンチマークとなります。1 回⽬のランでは、コース両サイドに設置されたコースオフ防⽌⽤のパイプに接触し、タイムを落とすパイロットが多く⾒られたのも印象的でした。 

 スタート位置でサポートしていたスタッフは、「やはり決勝になって固くなっている⼦もいる」「練習の時に⽐べて、ハンドルを強く握ってしまっているのかもしれない」「それによってスタートからラインが曲がってしまっているのではないかと思う」と話します。⼟曜の記事でも触れたように、この競技は⼩さなロスの積み重ねがタイム差になります。わずかな緊張や操作の変化が、そのまま結果に影響していたとも⾔えそうです。⼀⽅で、コース脇に座ってライバルの⾛りを⾒守る選⼿たちの表情も印象的でした。タイムを出せたパイロット、思い通りにいかなかったパイロット、順位はさておき⾛り終えて安堵しているパイロット。それぞれが悲喜交々の表情を浮かべていました。

「記録が破られないことを祈るしかなかった」

 そして始まった 2 回⽬のラン。ここまで調⼦を出せていない昨年チャンピオンの⼭⽥さんは、ここで 18.984 秒に⼊れてきます。しかし中村さんの 18.702 秒には届きません。その中村さんは 4 番⽬に出⾛し、18.866 秒をマーク。⾃⼰ベスト更新とはなりませんでしたが、1 回⽬の 18.702 秒を持って、ライバルの⾛りを待つ構図となりました。その後、有⼒候補の北村さん、松本さん、加藤さんが続きます。北村さんはわずかにタイムアップを⾒せますが 19.004 秒と、本来のパフォーマンスには届きません。松本さん、加藤さんも 2回⽬に賭けましたが、タイム更新はなりませんでした。

 ⼀⼈、また⼀⼈と出⾛し、タイム発表を待つたびに緊張感は⾼まっていきます。ここまでトップを守っている中村さんも、⾝を乗り出してタイム掲⽰を⾒つめ、ときに⼤きくリアクションを⾒せながら、全パイロットの出⾛を待っていました。そして最終出⾛がゴール。トップが確定した瞬間、中村さんは全⾝で喜びを表現し、⼈差し指を掲げて勝利を味わいました。前⽇の⼟曜から⼆転三転と勢⼒図が変わる中、最終的に勝利を⼿にしたのは、初参加の中村迅汰さんでした。優勝を⼿にした中村さんは「満⾜していて、嬉しい気持ちです」「 (1回⽬のランは)⼿応えがあって、いけるかもと思ったけど優勝は想像していませんでした」「1回⽬よりも記録を伸ばして、ライバルと差を広げたいと思いましたけど、タイムが伸びなくて、記録が破られないことを祈るしかなかったです」「アメリカでも勝ちに⾏きたいです」と語りました。親御さんも、「まさか優勝するとは思わずびっくりしています」、「 (彼の⾃然体な性格が)いい⽅向にいって良かったです」「今回の優勝で⾃信がついたかなと思うので、その⾃信を持ってこれから頑張って欲しいなと思います」と話しました。

「負けた⼦たちには、本当にいい経験をしたねと思います」

 競技責任者の⼩⽊曽さんは、「今回練習2回、レース2回のランの中で、⼦供たちに(⾛りの)フィードバックをしてきて、やはり効果があるなと実感できました」「的確な⾔葉で伝えれば、⼦供たちもちゃんとその通りやってくれるので、改善効果が⾒られたという点では良かったと思います」と振り返りました。

 また協会事務局⻑の⼭本さんは、「まずは無事に終えられて何よりです」「当初選⼿の数がなかなか集まらないことが気になっていましたが、16 名が集まって和気藹々と盛り上がって、必ずしも参加⼈数だけで盛り上がりが決まらないなと感じました」と⼤会を総括。さらに中村さんについて、「中村くんは朝のブリーフィングの時から、なんかお茶⽬な⼦だなというのが第⼀印象でした」「中村くんが何よりも良かったのは、平常⼼だったこと」と評価しました。その⼀⽅で、「負けた⼦たちには、本当にいい経験をしたねと思います」「結果を出せない、うまくいかないといった状況に⾝を置くというのは⼦供たちの成⻑にはとても良いと思う」「⼦供たちにはこれをきっかけにして、次はまた別のことかもしれないけど、挑戦に⽣かしていって欲しい」とも語りました。

 シンプルであるがゆえに緻密なこのレースで、勝負を分けたのは速さだけではありませんでした。最後に結果を引き寄せたのは、初参加ながら平常⼼を崩さず、与えられた 2 本をまとめ切った中村さんの⾃然体。その強さが、勝利をたぐり寄せました。